大同国小 1898年に、日本人児童のみを対象とする台中小学校が日本政府によってこの地に設立され、台湾人児童と区別して教育が行われていた。 1919年に台中第一尋常高等小学校と改称、 1932年に再び明治尋常高等小学校と改称された。 現在は大同国民小学とな…
2025/02/21(星期五)小説「台湾漫遊鉄道のふたり」、ラストで日本人作家が歩いた大正橋通(民権路)を歩く。 林之助紀念館 林之助紀念館は昔の台中教育大学の南(川端町)にあり、日本人作家が住んでいた「柳川の家」のモデル? 家の前を柳川が流れている 民…
2025/02/20(木) 台中歴史散歩1日目。宿舎付き「台湾talk台中校」の短期留学は今回で3回目。朝6時に家を出て、午後3時半には学校に着いた。空港から台中直行の統聯バスは学校近くにも停まるので便利だ。荷物を部屋に運び入れ、まだ時間があるので直ぐに…
台中駅の旧駅舎(手前)は2016年に役目を終えた 台中市街地は、京都のように街並みが碁盤の目状になっているが、鉄道を挟んで、碁盤がずれているため隙間ができ、台中駅はその歪みにある せっかく造ったバスターミナルは数年で取り壊されたが、また新しいビ…
統治する側とされる側の友情はーー「台湾漫遊鉄道のふたり」(楊双子作、中央公論新社)の冒頭部分で、日本人作家と台湾人通訳が出遭った干城橋(現在の成功路)。日本帰国前に二人が別れたのが大正橋(民権緑橋)。二つの橋をつなぐ緑川は整備され、今も市…
台中城区歴史散歩(準備編②) 自由路(明治町→大正町→台中公園) 台中旧城区散歩のきっかけになった「綺譚花物語」 台中市の旧町名をネットで調べていたら、「カクヨム」の黒木夏兒(なつこ)さんのページに迷い込んだ。初めは「台中大正町」で検索したと思…
1937年(昭和12年の台中市地図) 台中旧城区は台中駅を中心に碁盤の目状に、民権路を境に西側は官庁街、東側は商店街になっていた。台中駅右上の干城町周辺には陸軍の関連施設が集まっており、台中公園(台中神社もあった)は、街の外れ。明治町通(自由路)…